バレエとダンス

2017年8月30日 (水)

サンフランシスコバレエ サマーインテンシブ♪


夏休みが終わりました。
今年の夏は、高校生になったので、さらに忙しく過ごしていました。

まず、サンフランシスコバレエのサマーインテンシブに行き、その後は学校の単位先取りのためのサマースクール。
サマースクールが終わるとすぐに日本への旅行。
結局、ゆっくりしていられたのは、二か月半の夏休みのうちの たった一週間でした。

今年の夏、最初の予定になっていたサンフランシスコバレエのサマーインテンシブは、もう4回目の夏になりました。
去年までは、3年連続で来ていた友人がいましたが、もうさすがに4年連続は娘だけになってしまいました。
普通、ここまで毎年お世話になっていたら、気持ちを固めて年間のクラスを希望してサンフランシスコバレエの生徒になっているだろう、という話ですね。
娘は普通の高校生活も送っているので、バレリーナの道を目指して、と簡単に決心はできない我が家でした。。。

今年も、朝早く起き、霧のかかった街を眺めてカルトレイン&バートを乗り継ぎ通学。

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娘と毎日、サンフランシスコバレエのスタジオに向かいました。

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(通常はカメラを入れてはいけないので、この写真は最終日の参観日クラス終了後の写真タイムものです。)

娘がバレエをしている間は、街を歩き、いつもの蜂の大きな壁画を何度も眺め。。。

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日々を過ごしました。

最終日には、サンフランシスコバレエのプリンシパルダンサーでもあるソフィアン・シルブ先生と記念撮影。

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今年は、街を歩いているときに、何度か声をかけられて怖い目に遭いました。

道端で、「中国人は敵だ~~!」と大声で威嚇されたり。。。
(怖くて、「私は日本人です。」などと言えない。)

駅前で、「カリフォルニアで手をつなぐ必要はあるのか。やはり中国人はアメリカが怖いか」などとぶつぶつ言われたり。。。
(ギリギリの電車に乗るため人混みを急いでいたので、娘の手をつかんでいた時。)

もちろん、私と娘は100%日本人で、アジア人なら「日本人」と理解されることの多い風貌なのですが。アメリカ人にとっては、アジア人=中国人のようで。。。
去年まではそんな経験はしなかったのに、中国への感情が悪化しているのかなぁ。
恐い、怖い。。。

いろいろな体験をしながら、ちょっと緊張するサンフランシスコ通学の日々を無事に過ごし、平和なシリコンバレーの日常に戻ることができました。

      


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2016年8月28日 (日)

サンフランシスコバレエ・サマーインテンシブへ


夏も終わりに近づきましたが。。。夏休みは、今年もサンフランシスコバレエのサマーインテンシブに通っていました。

サンフランシスコバレエの夏も3回目。
毎年、生徒たちは「通年プログラムに通いたい場合は、インテンシブ後半に申し込み用紙を提出してください」と言われるのですが、娘は去年も今年も出していませんでした。
サンフランシスコバレエがもう少し近かったらよかったのですが。。。

「うちに来る気のない子だな」と今年こそは合格通知を出してくれないのではと思っていたのですが、運よく今年も受け入れてもらえました。
ということで、またサンフランシスコバレエ電車通学の日々を送っていました。

3回目ということで、精神的にはとても楽。
娘がバレエをしている昼間は、一人であちこち歩いていました。

しょっちゅうイベントをしているシビックセンターを眺め。。。

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路地に入って今まで気づかなかった壁画を見つけたり。。。

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娘が高校に入るので、図書館で情報収集したり。
(早いものです。日本に住んでいたら、まだ中学生なのですが)

図書館には、シビックセンターが綺麗に見える一人用読書&お勉強席もあります。

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電車通学中は、今年は大きな事故の影響はなく、無事に過ごせました。

Sfbssi20164 ちょっとした故障はあったようですが。。。
便利なことに、今はカルトレイン用のアプリで電車の事故状況が見られます。

一両目のエアコンが壊れている報告が上がっているところに、「エアコンが壊れていますが、楽観的に考えれば無料のサウナです。」って。
日本でこれをしたら「ジョークを言ってる場合か!」と怒る乗客がいそうですね。


さて、サンフランシスコバレエのサマーインテンシブ3年目にして、初めて最終日に写真撮影の許可が下りました。
最後の、ほんの少しの時間ですが。

生徒たちが並んで記念撮影しました。
背の順に並んだので、一番小さい娘が一番前。

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皆がこの写真を撮っているので、今年はあちこちのフェースブックに大きく娘が登場しているのでは。。。と思います。

    

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2016年5月31日 (火)

完成! クラシックチュチュ♪


クラシックチュチュ作りました♪」の後編です。


次に、チュチュネットで作ったチュチュの上に置くチュチュスカートの飾り部分を作りました。

黒い生地の上に金色の飾りを置いて、軽くスティックのりで位置を固定してから縫い付けます。

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全部の部品を縫い付けてから飾りのトリムを付けると、スカートの飾り部分は出来上がり!

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スカートの飾り部分にチュチュスカートを縫い付けて、チュチュの下の部分が完成!

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今度はボディスです。
これは、普通の洋服づくりと変わらないので、じゃんじゃん進めていきます。
黒と金の間は、すべて金のトリムをつけて豪華に。

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さらにトリムやシークインをつけて飾ります。

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あとは、スワロフスキーのクリスタルやビーズを使ったボディスの飾りつけです。
生地の上にクリスタルやビーズを置いてデザインすると丸いビーズなどが動いてしまって大変になるので、Photoshopでデザインしました。

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飾りをつけてボディスが出来上がったら、チュチュスカートとボディスを縫い付けて出来上がり♪

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全体は、こんな感じ。

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がんばりました! 

      

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2016年4月29日 (金)

クラシックチュチュ作りました♪


年度末の忙しさで、ずいぶん間が空いてしまいました。

さて、娘が思いもよらず病気になり、台無しになってしまった今年のバレエコンクール
当然、そうなることを予期していなかった私は、数か月前からクラシックチュチュ作りに時間を費やしていたのでした。

そのクラシックチュチュ作りの過程を報告します。


まずは、型紙づくり。
これだけ見ると何が何だかわかりませんが、上の5つがBodice(胴体部分)になります。
下の4つの型紙が、チュチュの上にかぶせるスカートの飾りです。

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まずは、Panty部分(日本ではツンと呼ばれている)を作りました。
周りの生地は、ひらひらの飾り部分になります。

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次は、チュチュネットでスカート作り。
上の段は、Double hand Pleating(ダブルプリーツ)に折って、待ち針をたくさんつけて止めます。

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Double hand Pleating(左)の段と下の段になるSingle hand Pleating(右)の段は、見た目が全然違います。
仕上がりの豪華さが全然違うと言われています。

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たくさん作ったチュチュネットの輪。
黒い輪は、チュチュネットではなくチュールで作ってあります。
(日本では、どちらもチュールと呼ばれている?)

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これらをミシンで縫い合わせていきます。
最後の方は、かなりすごいことに。。。

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Pantyも縫い付けて、下から見ると、こんな感じに。
下にある黒い生地は、去年作った手作りのチュチュ用バッグです。

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最後に、チュチュネットで作り上げたチュチュの上に、黒いチュールをかぶせて縫い付ければ、一番面倒なチュチュスカート部分は完了!

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長くなってしまったので、チュチュスカートの飾り部分とボディス部分、そして出来上がりは次回に。。。

 

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2016年3月19日 (土)

最悪な週末。最悪なYAGP(-_-#)


少し前に、バレエ・コンクール、ユースアメリカグランプリ(YAGP)のサンフランシスコ・セミファイナルがありました。

去年、入賞者に入りステージに上がった娘は、今年も出場しようと秋からがんばってきました。

そして調子のいい時にはトゥシューズで5回転ピルエットもするようになり、かなりいい感じで練習が進んでいました。
食事にも気をつけて、いい状態でYAGPに臨めるようにと私も頑張っていたのですが。。。

コンクールの一週間前、セミプライベートのコンクール準備のレッスンに行くと、先生が風邪をひいてしまっていました。

うん? ゴホゴホ結構ひどくない?
これってまずい?
でも、今、キャンセルして帰ると、私ってすごく神経質な親っぽくない?


う~ん。と心の中で葛藤したものの、そのままレッスンを受けさせてしまったのでした。。。

これがいけなかった!!


その数日後、娘は思いっきりひどい風邪の様子。

なるべく早く治るようにとビタミンC錠剤を飲ませたり、プロポリスを飲ませたりと努力はしたものの、どんどん悪くなり。。。

水曜日、木曜日、金曜日と学校に行くこともできずに家で療養していました。

土曜日のYAGPマスタークラスは鼻と咳が止まらずに欠席。
コンクール当日の日曜日は、何とか目の周りだけお化粧して会場へ行きました。
つまり、頻繁に鼻をかむのでお化粧ができなかったのです。

オープンステージの時間に練習をするも、やはり身体はついていかず、本番も、急いで口紅だけつけて踊りましたが、いつもの踊りはできませんでした。
(身体のためには休めばよかったのかもしれませんが、本人が何とか踊りたいと言うので。

結局、当然、入賞者に選ばれることもありませんでした。
翌週も、ずっと鼻が止まらず、YAGPで踊れたのも気が張っていたからできたことで、本来なら寝込んでいたのだろうなぁと思います。

審査員からのレポートを見ると、「三回転ピルエットの信頼性が低いなら、二回転にすべき。」と書かれていました。
「安定していなきゃ、何度も演目に入れてないですよ!」と思うのですが、審査員からしたら「??」だったのかも。

かなりがっかりなコンクールになってしまいましたが、人生、こういうこともあるものだと教訓にはなりました。

それにしても、先生の風邪がうつったのは娘だけ。
運が悪かったです。
そして、同じバレエ学校の出場者たちの中では、病身だった娘の成績がそれでもトップだったことを考えると、先生の落胆も想像ができ、何も言えませんでした。
(たぶん、自分が原因だと気づいているので)

秋からは高校生。重要なテストの前は、「プライベートの先生がゴホゴホしていたら即レッスンのキャンセル!」と心に誓ったのでした。

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写真は、状態のひどかった前日の土曜日夕方、とりあえずバレエ学校に行き、慌てて少しだけリハーサルしたときのものです。
チュチュは私の手作りでした。

 

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2015年12月12日 (土)

くるみ割り人形公演


あっという間に今年も年末。
娘は例年通り、くるみ割り人形公演に出演しました。

今年の配役は、チャイニーズのソロと、雪のシーンのデュエット。

。。。だけのつもりでしたが、去年、クララの他に演じたコロンバイン人形をもう一度演じることになりました。
コロンバイン人形に配役されていた先輩が個人的事情のために演じることができなくなり、ディレクターから急きょ頼まれたのでした。
そんなこともあるのですね。かわいそうに。


今年も、他の生徒と比べると細い娘は衣装のお直しが必要でした。
(サンフランシスコバレエでは、細いどころか「太い?」と感じていましたが。)

お直しのため、例外的に毎年衣装の持ち帰りが許される私でした。
これで、ぴったり。

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そして、娘が踊っているときに後ろや横で踊ってくれるダンサーたちにプレゼントも用意しました。
手作りの赤い袋に小さなサンタチョコレートボールを入れたものですが、実は このサンタチョコ、日本から取り寄せたものです。

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この時期のちょっとしたプレゼントにはキャンディー棒Nut20158 が多く使われるので、ちょっと珍しいものを、と取り寄せました。

さて、くるみ割り人形公演当日。

一年ぶりのコロンバイン人形は少し大人っぽくなりました。
衣装も、先輩たちが使う衣装の横を縮めただけ。
この一年で大きくなっていたようです。
左が去年のコロンバイン。
右が今年のコロンバインです。

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雪のシーンのデュエット。
見えませんが左側に一緒に踊った相手ダンサーがいます。

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そして、チャイニーズのソロ。

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最後に挨拶して無事終了!

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今回の公演で、娘をとても喜ばせたのが、後輩の女の子からのメッセージカードでした。
チャイニーズのサイドで踊る小さい女の子たちの一人で、楽屋で絵やメッセージを書いてくれたのです。
チャイニーズを踊る娘の絵も♪
後ろにいるのが描いてくれた女の子と妹さんのよう。
チャイニーズの踊りは お茶の精の踊りとも言われるので、ティーカップまで描いてくれたのですね。

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かわいい
心がほっこり暖かくなるメッセージカードでした。
    

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2015年7月 6日 (月)

サンフランシスコバレエ学校SI


去年のサンフランシスコバレエ学校 Summer Intensive(サマーインテンシブ)に引き続き、今年も運よく同じ学校に受け入れていただけたので、三週間のサンフランシスコ通学生活をしていました。

今年も、各クラスにはアジア系は2~3人程度。
娘のクラスはアジア系以外は全員が白人のきれいな女の子達でした。

娘は、クラスの中では一番背が低く、周りはスラリとした長身の女の子たちが多いです。
(娘の中学では前から25%くらいの背の高さで、目立って小さくはないのですが。)

クラスの女の子たちは、バレエに命を懸けている子達が多く、学校には通わずにホームスクーリングをしていて、ほとんどの時間をバレエに費やす子が珍しくありません。
年間プログラムに受け入れてもらえたら、2時間かけてサンフランシスコまで通おうと計画したり、引っ越しをしようと計画したりする家族もいます。

また、秋から夏の初めまでは親から遠く離れた州のバレエ学校所属の寄宿舎に住み、勉強はインターネットでのみしている女の子たちもいます。

もう若いうちから自分の将来を決めている女の子たちを見て、本人やご両親の決断力に感心してしまったのでした。
うちは、なかなかそこまでの決心がつきません。。。

さて、サンフランシスコの日々は、また今年も電車で始まりました。

朝7時ちょっとのカルトレインに乗り、ミルブレーでバートに乗り換えます。

Milbrae
ミルブレーの駅のホームです。
駅の周りには土地が余っているのに、なぜかカフェの一つもありません。
それなのに、最寄り駅に止まるカルトレインは一時間に一本しかないので、帰りの通学時間はかなり運に左右されました。

バレエ学校のバート最寄り駅、シビックセンター付近は、今年も異臭を放ち、ちょっときついです。。。

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道路は週末近くになるとイベントのために封鎖され、仮設のステージが立ちます。
ちょうど行事の多い時期なのですね。


お昼は、ときどき娘と待ち合わせて近所の公園でピクニック。

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学校の休み時間には、娘は友人たちと写真を撮りあって遊んだりしていたようです。

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今年も、無事に楽しいSummer Intensiveを終えられました。

一つ目の大きな行事を終え、あとは日本旅行。

こちらも無事に過ごせますように。


 

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2015年5月12日 (火)

続・アルメニア大虐殺100年行事にて


ひょんなことからアルメニア大虐殺100年行事に参加することになった娘。

朝早くからサンフランシスコのシティーホールでリハーサルを行いました。
(金曜日だったので、学校には書類を提出して お休みしました。)

本番は、夜7時過ぎ。
シティーホールは、3階まで たくさんの人で賑わいました。

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平和な時代の王宮シーン。
王と、Nuard女王、Shamiram女王の踊りから始まりました。

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川の流れの踊り。

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その後、いろいろな踊りの後、リハーサルで気になっていた手を真上に持ち上げてずっと歩いていた女性たちが現れました。

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持ち上げた手には、長い布を持っていたのでした。
その布が、長い階段に垂れ下ります。

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ライトに照らされてとてもきれいでした。
2階、3階から観た観客たちには、もっと美しいシーンが目に映っていただろうと思います。

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3枚の布は、アルメニアの国旗をイメージしていたのでした。

その後、居住地を追われて家を無くし、さまよい歩く人々。。。リハーサルで見た民族衣装を着た老若男女の方々は、このシーンの役者さんたちでした。

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踊りが始まった時にはなかった国旗が、いつの間にか階上から垂れ下っています。

最後のシーン。
アルメニアのダンス。



映像の最後、国旗を持った女性が駆け回るシーンでは、観客たちが大歓声を上げていました。

もちろん、その観客たちはいろいろな場所から集まってきたアルメニア系の人々です。
こんなにたくさんのアルメニア系住民がベイエリアにいるなんて全く気づきませんでした。
(シリコンバレー中心地を活動範囲にしている私は、中国人、インド人、韓国人と接することが多いので。)

アルメニア系の人々の中に立って行事を眺めている私は、ものすご~く場違いな容姿をしていたので、前に座りながら踊りを眺めていた人々が私に気づいて振り返って何度も眺めていました。
「何で ここに来ているんだろう?」と思われていたのでしょうか。
ものすごく混んでいたのですが、どの人々も場違いな私に気づくと、無言で場所を空けて踊りがよく見えるようにしてくれたのでした。
「知ってほしい」という気持ちからでしょうか。

朝早くから大変な一日でしたが、貴重な体験でした。

   

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2015年5月 6日 (水)

アルメニア大虐殺100年行事にて


10日前の4月24日。第一次世界大戦中のアルメニア人大虐殺から100年ということで、アルメニア人たちにとっては とても意味のあるこの年のこの時期に、サンフランシスコで記念式典が行われました。

私自身は、恥ずかしいことにアルメニアに関する知識がほとんどなく、「ロシアの西の方にある国」というくらいの認識レベルでした。

ところが、娘のバレエ学校のディレクターにアルメニア人の友人がいて、ダンスを披露する式典を企画しているのでバレエ学校の生徒たちに出演してほしいという依頼が来ました。
よくわからないけれど、「ダンスをする式典」で踊ってほしいということなので依頼を受けたのでした。

場所は、サンフランシスコのシティーホールです。

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何回かのリハーサルを経て、当日は午前8時にシティーホールに集合。
パロアルトから参加の娘は、ほとんど日の出と同時に家を出ました。

式典のダンスは、ここで行うよう。

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準備やリハーサルは、その隣の広間でした。

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出演者は、当たり前ですが私たち以外は皆、アルメニア人。
みなさん、とても似ているので、この日まで時々やり取りしていた方と事務的は話をしたくても見分けがつかず、困りました。

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集合から1時間で、やっと いろいろな装いの方々が揃いました。
ず~っと時間を持て余していた私たち。
これほど早起きをしなくてもよかったのでは、と一時間近く遅刻してきても平然としている同じバレエ学校の のんびり屋さんたちを「アメリカをよく知っている!」と尊敬の眼差しで眺めてしまったのでした。
(アジア系は、全員、集合時間に集合してました。

娘たちは、衣装を着てリハーサル準備完了!

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アルメニア人の方々が記念撮影。
老若男女、様々な出演者がいました。

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そして、やっとリハーサル開始!

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ダンスはお芝居になっているよう。
いろいろなダンスを鑑賞しながら、バレエ学校の出演を待っていました。

そんな時、
この3人は、どうして手を真上に持ち上げてずっと歩いているのだろう?

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夜の式典本番に、この理由がわかるのでした。

そして、まだまだ続く踊り。。。

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バレエ学校の生徒たちの出番。
(かなり短い!)
アルメニア人とは違う顔をしているので、ベールを被って踊ります。

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最後に決める場所。
アルメニアの国旗を初めて知った私でした。

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その後、アメリカはアルメニア大虐殺を認めていない国だったと知りました。
それでも、サンフランシスコのシティーホールでこのような大きな行事を行うことができるのですね。
国が国だったら許されないことでしょうけれど。

本番の模様については、「続・アルメニア大虐殺100年行事にて」をご覧ください。


   

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2015年3月25日 (水)

Summer Intensiveオーディション♪


先月までYAGPに参加するために多忙な日々を過ごしていましたが、実はその時期というのは今年の夏の活動を決めるための時期でもありました。
そのため、娘も、レッスンの合間に Summer Intensive(サマーインテンシブ)のオーディションに行ってきました。

去年は、サンフランシスコバレエ学校のSummer Intensive(サマーインテンシブ)に参加しました。
本当にいいレッスンの日々で、いい経験をさせていただきました。

そのため、今年も第一志望はサンフランシスコバレエ学校
(娘のプライベートレッスンの先生が、「
あそこのレッスンが他の有名校に比べて一番いい。通学が大変でもがんばれ!」と言うのもあります。)

とはいえ、去年、サンフランシスコバレエ学校に行ったので問題が。

去年、娘は外部からSummer Intensiveを受けられる最低年齢の12才でした。
今年は、13才。
年齢からいって、去年と同じレベル4に入るだろうということはわかりましたが、同じ子&同じレベルが受け入れ可能かということ。

同じレベルで受け入れていただければ大感謝です!」と学校側に伝えたいものの、伝えることもできません。

バレエ関係の掲示板をあちこち調べてみると、やはり難しそう。
そもそも、娘は、受かる確率の低いシリコンバレーの純アジア人。
掲示板には、一人、(白人の美しい子でしょうけれど)「私、二年続けて受かったのよ!」と発言している子がいました。
でも、ずっと年上のようなのでレベルも高そう。
それなら、とても上手な子で「特別扱い」という可能性が。

ということで、初めて、他にもオーディションを受けてみることにしました。
やはり有名どころのABT
ABTは開催場所も多く、バレエを真面目に習っている子なら受かる確率がとても高いので安心です。

サンフランシスコバレエ学校Summer Intensiveのオーディション当日は、やはり今年も予想以上の受験者数になり大変なことになっていました。

12~3才のオーディション受付開始は2:30。
5分遅れて2:35に受付に行くと、すでに長蛇の列でした。
受付テーブルに着いた時には、もうオーディションをできる人数を超えてしまい受付終了!?

でも、そのオーディション終了後に、受け付けられなかった子達を第二グループとしてオーディションをしてくれることになりました。

14歳以上のオーディションも人数が多すぎて遅れているので、結局、長い時間待たされ、すべて終わった時には暗くなっていました。
1時間のオーディションのために5時間以上も費やした(行き帰りの時間は抜きで!)大変な一日でした。

でも、オーディションは楽しかったとか。

Associate DirectorのPatrick Armand氏は、オーディションのスタジオに入った娘をすぐに見つけ、

お! 戻ってきたんだね!

と声をかけてくださったそうです。

そして去年、よく見て(叱って?)くださったDamara Bennett先生は、遠い先生席から口パクで「
How are you?」。
親指を立ててとした娘に、笑いながら先生も
また、バーでテストをしていた時には目が合うと、ウィンクしてくださったとか。

サンフランシスコバレエ学校の温かさを感じられて、とても楽しい時間が過ごせたそうです。
(他の先生方も去年の学校で見たタンクトップと「伸びるパンツ」姿から、一転、ハイヒールにドレスと違う出で立ちだった、と娘が喜んでいました。)

とはいえ、フレンドリーな先生方と、オーディションの結果
別物!

オーディションの結果を受け取るまで、ドキドキしながらの二週間を過ごしました。


そして、運のいいことに
合格!
それも、レベル5で受け付けられていました。

さて、また今年の夏も長距離通学で大変そうです。

 

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