寄付でもらったパズルから見えた、大学の変化
大学からは、寄付の案内がよく届きます。
一応、年に一回は寄付するようにはしていたのですが、去年は、おもしろい募金がありました。
100ドル以上の寄付をした人には、大学のパズルが送られてくる、という企画でした。
もうその年は寄付をしていたものの、パズル🧩がもらえるというお話につい心が動かされて、もう一度寄付してしまいました。
同じような人がたくさんいたようで、そのパズルがもらえる寄付は、あっという間に寄付が殺到し、そのパズルは制限数に達して短期間で終了してしまいました。
(寄付自体は、いつでもOKなのですが、パズルはもらえなくなってしまいました。)
そして、届いたのが、このパズル。
1000ピースある大きなパズルのため、忙しくてなかなかできなかったのですが、やっと作り出しました。
似たような色が多いので、ちょっと大変。
出来上がり!
このパズルは、1943年の大学キャンパスの地図になります。
このパズルを作っていて気づいたのですが、当時は男性のジムと女性のジムは離れていたのですね。
それも、キャンパスの東側と西側。
当時は、まだ女性差別が大きい時代だったのですよね。
スタンフォード大学も同じでした。
1891年の開学当初、女子学生の割合は約20%〜25%でしたが、1899年には40%(463人)にまで急増しました。
これに対し、スタンフォード大学の創設者の一人であるジェーン・スタンフォード氏は危機感を抱いたとされています。
亡き息子さんのために作った大学。
女子学生が大幅に増えていくというのは。。。
そして、女子学生の数に制限を設けました。
大学の憲章を修正し、「女子学生の数は、いかなる時も500人を超えてはならない」という法的制限を追加しました。
その後、1933年の世界恐慌による財政難から、授業料収入を確保するために「500人」という絶対数ではなく、「男女比率(約3:1)」の維持へと緩和し、1973年に裁判所の承認を経て、ようやく創設許可証から性別による人数制限が完全に撤廃されました。
このパズルの時代は、男女比率(約3:1)の維持の時代だったのですね。
今の大学の男女比は、ほぼ半々。
そして、白人中心だった大学から、今やアジア人が多数の専攻もある大学にと変わりました。
開学当時の人々が、もしこの状況を知ることができるとしたら、どれほど驚くでしょう。
時代は、変わりましたね。。。
何気なく作ったパズルから、こんな歴史に触れられるとは思いませんでした。







































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